聖書の御言葉について その79
牧師 長谷川 洋介
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 ルカ書23:21「しかし人々は、『十字架につけろ、十字架につけろ』と叫び続けた。」
 
 この叫びがイエス・キリストを十字架に付けたと言えます。十字架というのは当時の死刑の方法です。殺人などの重罪を犯した者にのみ執行されました。裁判の責任者のピラトは「いったい、どんな悪事を働いたと言うのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。」と人々に言ったのですが、キリストを十字架に引き渡しました。つまりイエス・キリストの十字架は重罪を犯したからではなく、人々が「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び続けたからでした。人々の叫びの通りにしなければ暴動になり、治安の責任を持つピラトの責任が問われ、地位を失うことを恐れたのです。自己保身です。人々は根拠もなくなぜ叫んだのでしょうか。群集心理です。つまり大勢の向かう方向に個人が影響され、思考停止の状態に陥り、群衆全体が同じ方向に流れてしまうのです。
 私たちはこのことと無関係でしょうか、このような在り方は当時のあの人たちの問題で、私たちには無縁でしょうか。日本の太平洋戦争当時はまさに皆の心理がそこに向かったのではないでしょうか。今振り返ればあの戦争は愚かだったとわかるのですが…。「十字架につけろ、十字架につけろ」の叫びはまさに私たちの叫びであり、主イエスの十字架は私たち人間が抱える問題性のゆえに引き起こしたものに他ならないのです。